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History

広島農協印刷所の歩み

「やってみんさい」の精神で、
地域と暮らしを支えて参りました。

旧広島県農協ビル

創業

原爆を乗り越え、生活を支えた印刷物

広島県農協印刷所の前身は、創業者である小林寅一が広島市中広町(現在の広島市西区)に開いた1軒の印刷工場でした。昭和20年8月6日の広島市への原爆投下の際は、工場も爆風の被害を受けましたが、偶然ながら断裁機の隙間にいたおかげで、創業者は事なきを得たと伝えられています。戦後は、紙や物資が不足する中で、復興生活を支えるインフラとして印刷の需要も高まり、その一つひとつに真摯に応えることで業務規模を拡大。次第に農協(現JA)に関する業務の比率が増えていきました。

断裁機

創業者を守ったという断裁機。現在も中広工場において、大切に保管されています。

信頼

「やってみんさい」精神で、比類なき信頼を築く

昭和27年、株式会社広島県農協印刷所として新たなスタートを切ります。金融処理用の伝票や封筒など、専門知識の蓄積が求められる事務用印刷や、経済の復興に伴なう、お客様のさまざまなご要望に応えながら、業務範囲は拡がりを見せます。この時期、創業者が座右の銘として大切にしていた言葉「やればできる やってみんさい」が残っています。常に新しい業務に憶することなく挑戦し、お客様の期待に応えること。そのスピリッツが企業のDNAとして、今も私たちの中に流れています。

やればできる やってみんさい

創業者から受け継がれた「やればできる やってみんさい」の精神が、私たちを今も支えています。

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